母方の祖母は長命だったのよ。
性格的には、決して温厚とは言えません⤵︎
でもね、息子である叔父は、本当に穏やかで温厚な性質の方でしたけどね。
おそらく地元で叔父を悪く言う人はいなかったんじゃないかな?
葬式の日は、悪天候にもかかわらず参列者はお寺のお堂に入りきれないほど集まり叔父を見送ってくださったのが、証明していると思います。
そして、娘であるみさおばさんの母は、祖母よりも更に性格のキツい人でした(๑˃̵ᴗ˂̵)
母の性格が異常だと認識したのはみさおばさんが相当の年齢に達してから。
でも母は、今は認知症になってすごく穏やかになったんですよ、それには感謝です。
話は戻り、その母方の祖母は学歴はないのですが、料理上手だったんです。
先日、姉もそういう祖母の思い出話をしていたのですから確かなんです❣️
祖母は、仙台の女学校に入れてもらったんだけど、寮生活が合わなかったのでしょう。
毎日泣いて暮らして・・・
まあホームシックですね、せっかく入れてもらった女学校を退学して田舎に戻ったらしいですわ。
女学校といっても、和裁とかの家政専攻の学校だったんじゃないかな?たぶん。
祖母の妹は、東京の女子大に行ったそうだから村長を輩出した祖母の家系はなかなかの教育熱心な家柄だったみたいです。
そうそう畑仕事をさせても、畑で本ばかり読んでさっぱり農作業の手伝いをしなかったという弟?甥?
は、今の東京大学に入ったそうですよ。
法事等があると、母に教えてもらった話だけど
本来覚えの悪いみさおばさんは、なかなかどの人がその人なのか認識できなかったなぁ。
まあ東大に行った人は、東京でそのまま婿養子に入ったそうだから、親心を察するとみさおばさんも子どもながらに、ちょっと切なく感じましたけどね。
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話は戻りまして・・・
祖母の作ってくれた手料理で、何品か印象的な料理が残っているのですが。
時々食べたくなって作るのが、キャベツと魚肉ソーセージの煮物です。
今回は冷蔵庫にある人参と平茸も入れてみました。が、、、
祖母の作ってくれた料理の味ではないんですよねーー
あれってどうやって作ってくれてたんだろう?
ホント、地味な一品だと思われるかもしれませんが、イヤ本当に素朴な一品なんですけどね。
美味しかったんですよねー
もしかして、キャベツは祖母が畑で取ったのだったのかなあ?
そういった些細な事も、その頃は感謝の思いがなく食べていたのかもしれない。
それが、後々にこんなにも懐かしく思い出されてしまうのだから、もったいない事をしました。
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みさおばさんには、料理の嫌いなママ友がいましてね。
料理はせっかく作っても、食べると消えて無くなってしまうから嫌いなんだと言ってました。
でも彼女は、手芸が得意で何かを製作しては、人にプレゼントして喜ばれるのを喜んでいたように思います。
でも、こんなふうに料理だって記憶に残る場合もありましたね(๑˃̵ᴗ˂̵)
今日ブログを書きながら・・・
みさおばさんは、キャベツを炒めて味付けしてたんだけど、もしかして祖母は油を使ってなかったかも?
と、たった今閃きました(*^o^*)
今度やってみよーー
もう何十回も挑戦している祖母のキャベツとソーセージの煮物。
あれ?もしかして、姉も記憶に残ってないかなあ?
それとも姉は、みさおばさんとは別の料理が記憶に残ってるかなあ?
そうしてこうして、みさおばさんの場合。
子ども達の記憶に残る事ができる手料理って、、、果たしてあるのかしら?
いやいや、祖母だって、まさか孫がいつまでも自分の手料理を懐かしく思い出してくれるだろうだなんて期待しながら料理を作ってくれたわけではないだろう。
まあ、みさおばさんはみさおばさんで、マイペースでやっていきたいと思います(*^o^*)
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今日は、娘も誘って犬のナナの散歩。
といっても、抱いて歩いてます。
マンションのエレベーターでご一緒したペットクラブの方が、ナナの病気について別のメンバーさんから聞いていたらしく、ナナの頭を撫でてくれました。
「元気になるんだよー」って(;_;)
そうした心使いがとっても嬉しく思いました。
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さて、魚肉ソーセージがまだ1本残ってます。
キャベツの煮物、今度は油で炒めないで作ってみようかな?
台風の影響で風は強いし暑いしなんですよね(;_;)
どうぞ体調に気をつけてお過ごしくださいねー