星野富弘さんが天国に旅立ちました
星野さんを偲んで10年以上前のブログを再アップさせて頂きます

この日は、娘とお茶の水で開催されている星野富弘さんの詩画展「いのちより大切なもの」に出かけた。
星野さんは、1946年生まれ。体育教師になったその年に、部活の体操を指導中の事故で、首から下の運動機能を失ってしまった。
大学生時代の合宿で、教会を利用するなどクリスチャンとの交流もあったことから、病室で洗礼を受けている。
そこに至るまで、教会から星野さんを励ましに通い続けた女性がいた。
後にその女性と結婚し、現在に至る。

星野さんは、ベットに横になったまま、口に筆を加えて、詩画を描くわけだが、その色彩などを奥様が言われるがままに、作り出す。まさに二人三脚の製作である。
どれだけの忍耐を伴う作業か計り知れない。
製作に費やす時間は、1日2時間前後と決めているらしい。
そして、一つの作品は10日位で仕上げるとは、私には早いと感じる。
会場は、入場者が多くて、入りきれず1階のエレベター前で、10分程並んで待たされた。
初めての、生の作品は、ひとつひとつ絵も優しいが、何しろ詩も素晴らしい。
まさに魂が揺すぶられる思いが、こみ上げる。
会場は、本当に人が多く、もっとじっくり時間をかけて見たかった。というのが本音。
そうした中でも、星野さんのユーモアが見え隠れしていて、わらいを誘う詩もある。
「雨ニモ負ケテ 風ニモ負ケテ・・・・・困ッタ人ガイテモ何モシナイ」など
しかし、考えてみればそれは、自分自身なのだ。と思わされる。
それから、一度だけ腕が動かせるなら母の肩をたたきたい。
などは、もう言葉にならない。

しかし、困った人がいても何もしないどころか、震災で苦しんでいる人々を応援する意味で開催されたというではないか。同じタイトルで詩画集も発行している。
困った人がいても何もしないは、まさしく私自身のようである。
「しかし、主は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」新約聖書 コリント人への手紙Ⅱ 12章9節」
星野さん大変お疲れ様でした
ご家族には主の慰めと癒しがありますように
星野さんを偲んで10年以上前のブログを再アップさせて頂きます

この日は、娘とお茶の水で開催されている星野富弘さんの詩画展「いのちより大切なもの」に出かけた。
星野さんは、1946年生まれ。体育教師になったその年に、部活の体操を指導中の事故で、首から下の運動機能を失ってしまった。
大学生時代の合宿で、教会を利用するなどクリスチャンとの交流もあったことから、病室で洗礼を受けている。
そこに至るまで、教会から星野さんを励ましに通い続けた女性がいた。
後にその女性と結婚し、現在に至る。

星野さんは、ベットに横になったまま、口に筆を加えて、詩画を描くわけだが、その色彩などを奥様が言われるがままに、作り出す。まさに二人三脚の製作である。
どれだけの忍耐を伴う作業か計り知れない。
製作に費やす時間は、1日2時間前後と決めているらしい。
そして、一つの作品は10日位で仕上げるとは、私には早いと感じる。
会場は、入場者が多くて、入りきれず1階のエレベター前で、10分程並んで待たされた。
初めての、生の作品は、ひとつひとつ絵も優しいが、何しろ詩も素晴らしい。
まさに魂が揺すぶられる思いが、こみ上げる。
会場は、本当に人が多く、もっとじっくり時間をかけて見たかった。というのが本音。
そうした中でも、星野さんのユーモアが見え隠れしていて、わらいを誘う詩もある。
「雨ニモ負ケテ 風ニモ負ケテ・・・・・困ッタ人ガイテモ何モシナイ」など
しかし、考えてみればそれは、自分自身なのだ。と思わされる。
それから、一度だけ腕が動かせるなら母の肩をたたきたい。
などは、もう言葉にならない。

しかし、困った人がいても何もしないどころか、震災で苦しんでいる人々を応援する意味で開催されたというではないか。同じタイトルで詩画集も発行している。
困った人がいても何もしないは、まさしく私自身のようである。
「しかし、主は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」新約聖書 コリント人への手紙Ⅱ 12章9節」

星野さん大変お疲れ様でした
ご家族には主の慰めと癒しがありますように







