みさおばさんの有閑日記

カテゴリ: 宮城東松島

2年ぶりにようやく両親のお墓参りに行って来れました
息子が快く運転して連れて行ってくれたお陰です

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今回は自宅を早く出発できたので、お墓参りを済ませてからの女川到着が11時半
東松島にあるお勧めのお蕎麦やさんを教えてもらっていたから
息子にその旨伝えたのに、やっぱりランチは女川で海鮮丼を食べたいと仰せ

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そこで今回もといっても2年ぶりですが
姉お気に入りの「典典(てんてん)」さんへ直行しました
この日はあいにく「うに」が切れているそうで、その分「いくら」大盛りでした
ご飯少なめにして貰ったのにそれでも多かったわ
でも海鮮は完食ですよ
いくらも美味しかったなぁ♡

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ところで⤴︎⤴︎これこれ
酒場放浪記の吉田類さんがご訪問されたんですって
何でもNHK「日本100低山」のロケで金華山の山を登った際に来られたそうですよ

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何とも味のある字をお書きになりますねぇ
それから類さんとのやりとり等もいろいろ教えて頂きました
何しろ来店一番乗りで他に客はいなかったから(笑)

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⤴︎⤴︎は頼さんがプリントして後日送ってくれたのだそうです
実は10年以上昔ですが、みさおばさんも吉田類さんと仙台駅前のエスカレーターですれ違いざまにご挨拶させて頂いた事がありまして
本当にテレビで見るあのままの穏やかな笑顔で挨拶を返してくださいましたっけ
そうしたお人柄もあって長くテレビで番組を持つ事ができているのかもしれませんね

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この日、みさおばさんは朝のコーヒーを飲まずに家を出たからランチの後は絶対にコーヒーを飲みたかったのね
姉、息子にも了解を貰おうとそんな話をしていたら店主が
「よろしければ、ちょっとうちでコーヒーお出ししましょうか?」
と出してくださったのが⤴︎⤴︎です300円也
しっかりレギュラーコーヒーで多めに作ったからと後からサーバーごとお待ちくださったんですよ
お値段がお手頃な上、何て感謝なんでしょう
コーヒーはメニューにないんですよね
海鮮丼は美味しいし、コーヒーも美味しくとても楽しい会食となりました

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帰り道は去年オープンした東松島の道の駅へ立ち寄りました
なんとこの日はブルーインパルスが大空を自由自在に飛行訓練
タイミング良くて姉も喜んでたようです
姉を自宅に送り届けた後は、何故か息子が榴岡公園脇の道路を通ってくれて
濃いピンクの桜がちょうど満開でこれまたグッドタイミング
毎年、自宅周辺の桜で満足しているみさおばさんは本当に驚き圧倒されました
帰りは暴風で女川でお買い物できなかったけど、姉と2年ぶりのお墓参りができて感謝でした

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そしてただいま風邪ひき真っ最中
今週後半は予定が3つあって、どれも果たしたい予定ばかり
早く治したい一心でまたもや自宅に引きこもっております
年取って身体が弱くなってきたなぁと実感
神さま早く治してくださいお願いします

脚が痛いけど1か月前に切符を取っていたので
予定通り決行しました女川行き
女川駅には「ゆぽっぽ」という日帰り温泉が併設されています
女川滞在時間は約2時間
女川での海鮮丼ランチは取りやめ、急きょ目的を温泉入浴にしました

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JRを使って女川に行くのは初めてです
あのぅ女川駅って改札ないのね
駅舎はあるけど無人駅って感じです

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途中下車できる駅ではお出迎えの横断幕
それからあちこちの沿線で、撮り鉄さんが待ち構えてましたよ

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女川駅でキャラクターのシーパルちゃんがカメラに向かってポーズを取ってくれました

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ホームからまっすぐ海に向かって
あっみさおばさんの前にも写真を撮ってる方が(笑)

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仙台駅で駅弁を買って列車の中でランチを済ませました
車内販売でお勧めのクラフトビールは女性向けでとっても美味しくて大満足
でも駅弁はお値段高いのにイマイチだったから
写真はなしね
それでも早朝から作ってくださったんですもの感謝ですよね
失礼な事を言ってごめんなさい

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温泉で温まり市場の方へお買い物しに
干物が沢山並んで売ってました
みさおばさんの相手をしてくださった方はミャンマー出身だそうです
言葉も計算もできて、すごく頑張っていらっしゃって偉いものです
今ねミャンマーはニュースになってるけど、真面目な方も大勢いらっしゃるんですよね


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行きは内陸を通って、帰りは沿岸を通ります
写真は東松島市の陸前東名駅から陸前大塚駅までの懐かしい海の風景
これを見たくて乗ったようなものです
仙台に住むようになってからは仙石線に一度も乗ってなかったから
スピードを徐行してゆっくりこの素晴らしい眺めを堪能させてくださいました感謝です

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自宅から仙台駅までは往復車利用
列車内は広々グリーン車利用
家で家事するよりずっと脚は楽ちんでした
右手に杖を持ち、左側は娘に支えてもらいながら
ホント感謝感謝
この脚の痛みにときおり泣きたくなるけど
家族に助けてもらえて感謝です

幼馴染が10年振りにお墓参りに来られました
心の故郷、野蒜にも訪れたいという事なので
みさおばさん希望で松島離婚にも立ち寄らせてもらいましたよん
前々から訪問したかったのが実現できた次第
売店は無料で入店できるんですが(あたりまえでしょ)
入場料かかるんですわ
庭園なんか全然大したことありません
屋上ではバーベキューできますカップルばかりでしたが
たしかにお庭の池もハート型ですからね🤣🤣
ここは若者をターゲットにしてるのかな?

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安っぽい建物でセンスのない色づかいの松島離宮
ところが、これは大正時代の建築物、松島パークホテルをイメージしたのだそうですよ
亡母が時折り話して聞かせてくれた松島パークホテル
写真が展示されてました

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設計者は今も原爆の恐ろしさを後世に伝えてくれている建築物
広島原爆ドームを設計した方です
火事で燃えてしまった松島パークホテルですが当時は県民の自慢だったことでしょう

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それを物語るのが昭和天皇のご宿泊です
当時、警察官をしていた父はここパークホテルで天皇陛下が宿泊の際は正面玄関お出迎えというか?
警備を命ぜられたそうなんですわ
それを何度となく母から聞かされていたわけですが
それを証明する事はできないけど、確かに天皇陛下が松島パークホテルにご宿泊されたという証拠写真が展示されておりましたよ⤴︎

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この写真を眺めていたみさおばさんは、何だか胸がいっぱいになってきました
亡き母がこの写真を見たらきっと涙を流しながらいつもの自慢話をしたんだろうな
この写真を見せて頂けただけで、とてもありがたく感謝でした

今度は姉も連れてこないといけないな
歳と共に昔懐かしくなるようです

子どもの頃過ごした野蒜はただただただの田舎
家の周りの自然に戯れおやつまで時間を潰していた
何しろ当時は隣の家まで300メートルは離れていたのだから
家屋の東側は校庭くらいある広さの畑
南側は田んぼ
西側には少しだけ小高い小さな麦畑があった
今残っているのは東に広がる祖父の残してくれた畑だけ

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春はのどかにおたまじゃくし、夏の夜にはホタルが舞い幻想的な舞台を披露してくれた田んぼも、今はなかなか目にしなくなってしまったアニメのような麦畑も
地主が売却したのだろう間もなくして住宅地と化したのだった
遊び場を失ったことは途方もない寂しい気持ちになったのだった 
まるで大好きな遊び友達が引っ越して行った感覚だろうかなぁ?
やっぱり根は田舎が好きなんだろうかなぁ?
それとも今はない思い出の場所が美化されているのかなぁ?
そうそう北側は山なんだけど少し段々になっている箇所もあって春にはワラビやフキを取った記憶がある
そこは叔父が晩年買い取ったそうだから今も残っているはず

みさおばさんは幼稚園に通ってなかったし、もちろん今のような幼児教育の習い事もなかった
兄姉は学校だし母はお勤め
いとこ達とも年が離れていて小学校に入るまで遊び友達のいない孤独な子どもだったのだ

時間はたっぷりあっただろうからおそらく退屈だったのではないだろうか?
夕方、母の帰宅に合わせて外に出て坂の上の道路まで行って今か今かと遠くから歩いてくる母の姿を待っていたもんだ
当時はまだ車が往来するのも珍しかったから車道まで行くのにも制限されなく遊んでいたのだろう
その車道と言ったってまだ舗装されておらず、車が通ると白煙が舞ったものだ
そうそうトラックなんかはまだ三輪のも残っていてね、子どもながらに安定性の悪さに大丈夫なのだろうかとハラハラしながら眺めていたものだ
だからその記憶の季節は日の長い夏だったのだろう
大人からは時計が読めるんだとしばしば感心されたのだったよ
賢い子と思われていたようだ
でも、時計が読めたのではなく
母から長い針がここ、短い針がここになったら帰ってくるよ
と教えてもらったから分かったのであって、まだ完全に時計も数字も読めたのではなかったの

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大勢で集まってワイワイ過ごすより一人の方が気疲れしなくて楽になったのは
歳をとって他人に神経を使うようになって疲れやすくなっただけではないのかもしれない
もしかして子ども時代に育ったこんな環境が影響してるのかも
当時は相当寂しかったんだろうけども

ずいぶんと前置きが長くなったけど、どうしてこんな遠い昔の思い出にセンチになってるかというと・・・

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ジャーーーン
きゅうりの漬け物でーす
みさおばさんの漬けたぬか漬けではありません
平泉の姑が畑から収穫して漬けてくれたきゅうりの漬け物なんです
これがですねー
我が家では味わえない一品でしてねー
まず、きゅうりがやわらかいねー
スーパーで売ってるりっばなきゅうりはかたいからねー
それから古漬けになりつつあって酸味があるねー
これって昔野蒜で食べた夏の漬け物なんだわねー
とっても懐かしい気持ちに包まれました🥰
ほっこり癒されます

こんなシンプルな漬け物が、遠く半世紀以上も昔にタイムスリップさせてくれるだなんてね
タイムカプセルは要らないな
おそらく子ども時代はこの酸味のあるきゅうりの漬け物が好物だったかは自信がないが、おばさんおばあさんになったらとても美味しく感じられるのだから不思議なものだ
そして物忘れの激しいみさおばさんなのに味覚という記憶は結構健在であったようだ

そう言えば、昨日姉とのお墓参りの道中
今年は広瀬川で珍しく「カジカ蛙🐸」がよく鳴いていた
これまではなかなか耳をすましても聞こえる事がほとんとなかったから、コロナの影響で自粛生活になった事で自然が回復しているのかも
と話したところ
姉は野蒜では夜には田んぼから蛙🐸の鳴き声が凄かったと話してくれた
ところが、みさおばさんはおたまじゃくはよく覚えているのに蛙の鳴き声についてそれほど感動的な記憶がない
あれほどのおたまじゃくならさぞかし蛙も幅をきかせていたはずなのに
おそらく大人になってから夫の仕事の関係で少しだけ住んだ田舎がそれはそれは蛙の鳴き声の大合唱が音響素晴らしく野蒜の蛙たちの記憶をかき消してしまったようだ
一方の姉は、野蒜を出た後これまで田んぼのある場所に生活した事がないのだから野蒜の蛙の記憶が印象に強く残っているのは当然と思われる

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みさおばさんの思い出は野蒜に詰まっているけど
子どもたちはどうだろう?
きっと平泉の姑の畑だろうか?
それなら孫はどうだろう?
きっとこの眼下を流れる広瀬川の自然になるのだろうか?
思い出を残して上げようと頑張らなくっても思い出はその人その人の中で自然に積み重なっていくものなのだろう

酸味の効いたきゅうりの漬け物から味わった夏の思い出の一コマ一コマでした

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